山中委員長職員訓示(東京電力・福島第一原子力発電所の事故から15年にあたって)
令和8年03月11日
原子力規制委員会委員長 山中 伸介
原子力規制委員会委員長 山中 伸介
東日本大震災、そして東京電力・福島第一原子力発電所事故の発生から15年が経ちました。
3月11日。この日は、原子力規制組織に身を置く私たち全員にとって、逃れることのできない「原点」を確認する日です。
15年前のあの日、私たちは、かつてこの国を覆っていた「安全神話」が音を立てて崩壊し、科学技術への過信がどのような惨禍を招くか、冷厳な事実を突きつけられました。
私たちはあの時、何を誓ったのか。それを問い直すのがこの日です。
しかし今、私たちの足元はどうでしょうか。
中部電力において発覚した事案など、決して一企業の不祥事として片付けられるものではありません。不都合な真実を覆い隠そうとする沈黙は、組織を内部から腐らせ、やがては取り返しのつかない事故の火種となります。
規制される側に「隙」が生まれるとき、それは規制する側である私たちの厳格さや、対話の質に「慣れ」や「慢心」がなかったかを問いかける鏡でもあります。
あの日への誓いを単なる儀式に終わらせてはなりません。私たちは、自らの内側にある病理を、自らのメスで切り裂く覚悟を持たなければなりません。
こうした中、先日2月6日、IAEAによる統合安全規制レビュー(IRRS)が終了いたしました。
私はチームリーダーのティッパナ氏からエグゼクティブ・サマリーを受け取りました。
そこには、私たちのこれまでの歩みに対する正当な評価とともに、国際的な知見に基づく峻烈かつ貴重な課題が記されていました。
私たちはこの課題を、単なる「外部からの指摘」として受け止めるつもりはございません。これは、東京電力福島第一原子力発電所の事故を経験した私たちが、世界に対して「真に信頼に足る規制組織」へと脱皮するための、未来への処方箋です。
提示された課題の一つひとつは、我々がより高い次元の安全規制を築き上げるための「羅針盤」です。私たちはこれらの課題に真正面から向き合い、改善を断行していきます。
世界標準に照らして自らを磨きあげること。それは、あの日から始まって私たちの終わりのない旅の、新しいステージだと考えています。頂いた課題を、私たちの組織をさらに強くし、しなやかにするための「良薬」として、全員で答えを出していこうではありませんか。
哲学者の梅原猛先生はかつてこう説いておられます。
「科学技術は、人間の欲望を叶えるための道具ではない。それは、宇宙や自然の大きな調和の中に生きている人間が、畏怖の念を忘れないための『祈り』にも似た営みであるべきだ」
この「畏怖」という言葉を、今一度噛みしめてください。
これは、審査や検査の現場に立つ技術職だけの心得ではありません。
厳格な法令解釈を行う法務、組織の倫理を司る人事、適切な予算を執行する会計、そして組織の真実を誠実に社会へ開く広報。皆さんに「後方(バックオフィス)」などという場所はありません。全員が、国民の信頼と安全という「最前線」に立つ一員です。
皆さんが日々向き合う書類の一枚、数字の一つ、言葉の一節。そのすべてが、巨大な技術を制御し、人の命を守るための「祈り」の構成要素です。
皆さんの仕事のその先に、何百万という人々の営みがある。その誇りと重圧を、今日改めて全員で分かち合いたいと思います。
私は、地域の歴史や人々の生活、そしてその「痛み」をすくい取る「東北学」の視点、そして現場の傍らに立ち、共に対話をする「臨床哲学」の姿勢を大切にしています。
特に広報を担う皆さんは、組織の「窓」であり「耳」であります。社会が抱く不安の機微をどう組織に還流させるか。皆さんの真摯な発信こそが、組織の誠実さを社会に証明する灯火となります。
広報は単なる事務的な情報発信ではありません。社会の声を組織の深部に届ける「臨床家」であってください。専門性の壁を超え、互いの知見を共有し合う「内部の対話」にこそが、不正を許さない最大の防壁となるのです。
私が掲げる改革の核は、「透明な自律」です。
自律とは、誰かに言われたから正すのではありません。内なる倫理に従って正しく振る舞うことです。しかし、人は時として脆い。だからこそ「透明性」という外部の光が必要です。今回のIRRSによる指摘も、この透明性を国際的なレベルで担保するための大きな機会です。
情報の血流を止めない、専門分野の「縦割り」を排し、技術職と事務職が日常的に知見を交差させる「対話の回廊(かいろう)」を構築します。
無謬性の神話からの脱皮、「間違えてはいけない」という硬直が隠蔽を生みます。間違いを早期に共有し、それを正すことを「誠実さ」として高く評価する組織文化へ舵を切ります。
対話の進化、社会に対して透明であることは、私たち自身を律する最強の力となります。批判を恐れず、常に開かれた組織であり続けます。
若手の職員の皆さん。皆さんの瑞々しい感性、そして組織にまだ染まりきっていない「なぜ?」という素朴な疑問。それこそが、私たちの「透明な自律」を支える最大の武器です。前例はどうあれ、皆さんが感じる「何かおかしい」という小さな違和感を、決して殺さないでください。その違和感を声に出せる勇気を、組織全体で全力で支えます。皆さんの声が、未来の規制組織を創り上げるのです。
最後になりますが、皆さんに一つお願いがあります。日々の激務に追われる中で、1日に数分で構いませんので、心の中に「沈黙の空間」を作ってください。
自分を一度空っぽにし、15年前のあの日を、そして私たちが対峙している使命の重みを、静かに感じる余白を持ってほしいのです。その「静寂(しじま)」の中でこそ、外部からの微かな警告や、自分たちの中の慢心に気づくための、最も鋭敏なアンテナが磨かれます。
制度を変えるだけでは不十分です。一人ひとりの「心もち」が変わること、それが真の改革です。
皆さん、顔を上げてください。私たちの仕事は、困難で、時に孤独な戦いです。しかし、私たちは一人ではありません。私たちには、過去の教訓を未来の安全へと変える力があります。IAEAからの提言を糧に、さらなる高みに到達する強さがあります。誠実さをもって国民の信頼を勝ち取っていく強さがあります。
今日から始まる改革は、私たちがこの国の安全の最後の砦であるという誇りを取り戻す旅でもあります。
私たちなら、必ずやれる。必ず、より強固で、より誠実な規制組織へ進化できる。
その確信を持って、今日という日を、新たな一歩を踏み出す日といたしましょう。
共に歩んでいきましょう。
3月11日。この日は、原子力規制組織に身を置く私たち全員にとって、逃れることのできない「原点」を確認する日です。
15年前のあの日、私たちは、かつてこの国を覆っていた「安全神話」が音を立てて崩壊し、科学技術への過信がどのような惨禍を招くか、冷厳な事実を突きつけられました。
私たちはあの時、何を誓ったのか。それを問い直すのがこの日です。
しかし今、私たちの足元はどうでしょうか。
中部電力において発覚した事案など、決して一企業の不祥事として片付けられるものではありません。不都合な真実を覆い隠そうとする沈黙は、組織を内部から腐らせ、やがては取り返しのつかない事故の火種となります。
規制される側に「隙」が生まれるとき、それは規制する側である私たちの厳格さや、対話の質に「慣れ」や「慢心」がなかったかを問いかける鏡でもあります。
あの日への誓いを単なる儀式に終わらせてはなりません。私たちは、自らの内側にある病理を、自らのメスで切り裂く覚悟を持たなければなりません。
こうした中、先日2月6日、IAEAによる統合安全規制レビュー(IRRS)が終了いたしました。
私はチームリーダーのティッパナ氏からエグゼクティブ・サマリーを受け取りました。
そこには、私たちのこれまでの歩みに対する正当な評価とともに、国際的な知見に基づく峻烈かつ貴重な課題が記されていました。
私たちはこの課題を、単なる「外部からの指摘」として受け止めるつもりはございません。これは、東京電力福島第一原子力発電所の事故を経験した私たちが、世界に対して「真に信頼に足る規制組織」へと脱皮するための、未来への処方箋です。
提示された課題の一つひとつは、我々がより高い次元の安全規制を築き上げるための「羅針盤」です。私たちはこれらの課題に真正面から向き合い、改善を断行していきます。
世界標準に照らして自らを磨きあげること。それは、あの日から始まって私たちの終わりのない旅の、新しいステージだと考えています。頂いた課題を、私たちの組織をさらに強くし、しなやかにするための「良薬」として、全員で答えを出していこうではありませんか。
哲学者の梅原猛先生はかつてこう説いておられます。
「科学技術は、人間の欲望を叶えるための道具ではない。それは、宇宙や自然の大きな調和の中に生きている人間が、畏怖の念を忘れないための『祈り』にも似た営みであるべきだ」
この「畏怖」という言葉を、今一度噛みしめてください。
これは、審査や検査の現場に立つ技術職だけの心得ではありません。
厳格な法令解釈を行う法務、組織の倫理を司る人事、適切な予算を執行する会計、そして組織の真実を誠実に社会へ開く広報。皆さんに「後方(バックオフィス)」などという場所はありません。全員が、国民の信頼と安全という「最前線」に立つ一員です。
皆さんが日々向き合う書類の一枚、数字の一つ、言葉の一節。そのすべてが、巨大な技術を制御し、人の命を守るための「祈り」の構成要素です。
皆さんの仕事のその先に、何百万という人々の営みがある。その誇りと重圧を、今日改めて全員で分かち合いたいと思います。
私は、地域の歴史や人々の生活、そしてその「痛み」をすくい取る「東北学」の視点、そして現場の傍らに立ち、共に対話をする「臨床哲学」の姿勢を大切にしています。
特に広報を担う皆さんは、組織の「窓」であり「耳」であります。社会が抱く不安の機微をどう組織に還流させるか。皆さんの真摯な発信こそが、組織の誠実さを社会に証明する灯火となります。
広報は単なる事務的な情報発信ではありません。社会の声を組織の深部に届ける「臨床家」であってください。専門性の壁を超え、互いの知見を共有し合う「内部の対話」にこそが、不正を許さない最大の防壁となるのです。
私が掲げる改革の核は、「透明な自律」です。
自律とは、誰かに言われたから正すのではありません。内なる倫理に従って正しく振る舞うことです。しかし、人は時として脆い。だからこそ「透明性」という外部の光が必要です。今回のIRRSによる指摘も、この透明性を国際的なレベルで担保するための大きな機会です。
情報の血流を止めない、専門分野の「縦割り」を排し、技術職と事務職が日常的に知見を交差させる「対話の回廊(かいろう)」を構築します。
無謬性の神話からの脱皮、「間違えてはいけない」という硬直が隠蔽を生みます。間違いを早期に共有し、それを正すことを「誠実さ」として高く評価する組織文化へ舵を切ります。
対話の進化、社会に対して透明であることは、私たち自身を律する最強の力となります。批判を恐れず、常に開かれた組織であり続けます。
若手の職員の皆さん。皆さんの瑞々しい感性、そして組織にまだ染まりきっていない「なぜ?」という素朴な疑問。それこそが、私たちの「透明な自律」を支える最大の武器です。前例はどうあれ、皆さんが感じる「何かおかしい」という小さな違和感を、決して殺さないでください。その違和感を声に出せる勇気を、組織全体で全力で支えます。皆さんの声が、未来の規制組織を創り上げるのです。
最後になりますが、皆さんに一つお願いがあります。日々の激務に追われる中で、1日に数分で構いませんので、心の中に「沈黙の空間」を作ってください。
自分を一度空っぽにし、15年前のあの日を、そして私たちが対峙している使命の重みを、静かに感じる余白を持ってほしいのです。その「静寂(しじま)」の中でこそ、外部からの微かな警告や、自分たちの中の慢心に気づくための、最も鋭敏なアンテナが磨かれます。
制度を変えるだけでは不十分です。一人ひとりの「心もち」が変わること、それが真の改革です。
皆さん、顔を上げてください。私たちの仕事は、困難で、時に孤独な戦いです。しかし、私たちは一人ではありません。私たちには、過去の教訓を未来の安全へと変える力があります。IAEAからの提言を糧に、さらなる高みに到達する強さがあります。誠実さをもって国民の信頼を勝ち取っていく強さがあります。
今日から始まる改革は、私たちがこの国の安全の最後の砦であるという誇りを取り戻す旅でもあります。
私たちなら、必ずやれる。必ず、より強固で、より誠実な規制組織へ進化できる。
その確信を持って、今日という日を、新たな一歩を踏み出す日といたしましょう。
共に歩んでいきましょう。
- 訓示映像(YouTube原子力規制委員会チャンネルへ)YouTube
