山中委員長挨拶(東京電力福島第一原子力発電所事故後15年の節目に関する国際ワークショップ)

令和8年06月27日
原子力規制委員会委員長 山中 伸介
1. はじめに: 双葉の風と「15年」の重み
東日本大震災、そして東京電力福島第一原子力発電所事故の発生から、15年の歳月が流れました。あの日、私たちは未曾有の災害に直面し、多くの尊い命と日常が奪われました。ふるさとを離れざるを得なかった方々の苦悩は、今なお続いています。

本日、福島県双葉町の伊澤町長をはじめとする地元の皆様、国内のリーダーの皆様、海外から多くの専門家の皆様をお迎えし、OECD/NEAが主催する国際ワークショップを開催できますことを、大変意義深く、心強く感じております。福島事故の教訓を改めて検証し、歩みを共有し、残された課題に向き合う。そして、経験と知見を持ち寄り、未来の安全につなげていくことこそが、本ワークショップの大きな使命です。

私はこれまで幾度となく福島の現場に足を運んで参りました。そのたびに、この双葉の風が運んでくる「目に見えない重み」を肌で感じています。それは、かつてあった日常の記憶であり、同時に、静かに明日を見据える皆様の強い意志でもあります。

2. 哲学の視座: 技術の「罪」と「贖い」
かつて思想家の梅原猛先生は、原子力災害という文明の危機を目の当たりにし、近代の科学技術が自然や人間に対して犯した過ちを「技術の罪」として深く指弾されました。私たちは技術を信じ、万能の道具であるかのように錯覚してきましたが、15年前、私たちはまさに「安全神話」が崩れ去る現実を突きつけられ、科学技術への過信、想定することの限界、そして備え続けることの難しさを知りました。

人間が自然を完全にコントロールできるという傲慢さを捨て、母なる自然に対して絶対的な「畏(おそ)れ」を、そして、自らが扱う巨大な技術に対しても「畏怖の念」を持たねばならない。あの事故は、原子力に携わるすべての者に、その根源的な問いを投げかけたのです。

しかし、梅原先生は同時に、こうも説かれました。
「技術の犯した罪は、技術によってしか贖(あがな)えない」

私たちは、一度牙を剥いた技術から目を背け、逃げ出すことはできません。科学技術が生み出した災禍の責任から逃げず、それを克服し、引き受けていくこともまた、科学技術の責任です。技術の罪と正面から向き合い続けることこそが、私たちの原点でなければならないと確信しています。

3. 核心: 人間の判断の甘さを超え、科学技術の深化で責任を果たす
ここで、私は一人の科学者として、また規制組織の長として、真摯に向き合わなければならない事実があります。
15年前のあの事故は、決して科学技術そのものの限界がもたらした不可抗力ではありません。自然の猛威を過小評価し、自らの技術を過信した、私たち「人間の判断の甘さ」が招いた事態であったという点です。私たちは自然への畏れを忘れ、自らの慢心に気づかず、守るべき命を守れなかった。この人間の判断の甘さと、直視すべき過ちを、規制のトップが曖昧にすることは断じて許されません。

しかし、犯した過ちを認め自省することだけで、福島の未来が拓かれるわけではありません。
「人間の判断の甘さがもたらした災禍は、人間の弛まぬ自己変革と、科学技術の深化、そしてその確かな成果によってのみ、その責任を果たすことができる」と信じています。

これこそが、技術の罪を、技術に携わる人間の責任によって引き受けていくということです。データの一点一点をしっかりと見つめる「科学者としての真摯さ」と、住民の皆様の不安に寄り添い続ける「人間的体温」を、一瞬たりとも切り離しません。本ワークショップの開催にあたり、規制委員会委員長として3つの約束をしたいと思います。

まず一つ目は、「福島を決して忘れない」ということです。
原子力に「絶対安全」はありません。とりわけ地震や津波などの自然災害は、常に私たちの想定を超える可能性を持っています。だからこそ、安全とは、一度到達すれば終わるものではありません。技術に対する畏怖の念を常に抱きながら、不断に問い直し、学び続け、備え続ける、その終わりなき努力の積み重ねそのものが、安全の本質なのだと考えています。

現在、福島第一原子力発電所では、廃炉という極めて長期にわたる挑戦が続いています。特に、放射性廃棄物の安全な分類、保管・管理という新たな課題は、日本だけの問題ではなく、世界で共有すべき重要なテーマです。福島で起きたことを「過去の出来事」にしてはなりません。その教訓を世界で共有し続けることが、未来の命と暮らしを守ることにつながるのだと思います。

二つ目は、「終わりなき改善」です。
事故の調査、分析から得られた知見を真摯に受け止め、具体的な規制や運用へ反映し続ける。「これで十分だ」と立ち止まらない姿勢こそが、安全文化の根幹であると考えています。

その実践として、私たちは今、規制のあり方を抜本的に進化させています。福島第一原子力発電所の廃炉における「リスク低減マップ」を、これまでの3年という短期的な視点から、10年先を見通し、そこから逆算して今何をなすべきかを問い直す「バックキャスト」方式へと全面的に見直しました。

さらに、廃炉の審査や検査の仕組みも、チェックリスト方式から、より本質的な「リスク情報」に基づいたものへと変更しました。技術への畏怖を知るからこそ、人間の主観的な判断に頼るのではなく、現場のどこに真のリスクが潜んでいるのかを、どこまでも客観的に見極める。この科学技術の深化に基づく変革こそが、安全の確保と廃炉の加速を両立させる道です。

三つ目は、「原子力安全の基盤は、人である」ということです。
どれほど優れた技術や制度があっても、それを支え、判断を下すのは人です。高度な専門性を持つ人材の育成はもちろん、その知識を社会に分かりやすく伝え、人々の声に耳を澄ます信頼を築いていく力が求められます。説明責任を果たすことは、安全文化の極めて重要な一部です。

さらに、福島第一原子力発電所の廃炉、福島の未来の構築のためには、次世代の「人材育成」が不可欠です。20年、30年と続くこの困難な挑戦に挑む志を持った若者たちを育てるため、規制委員会としても積極的に人材育成に貢献していく所存です。技術の罪を知り、人間の判断の甘さを厳しく見つめ、それでもなお、科学技術の成果によって未来を拓こうとする真に誠実な人材を、この福島の地から育てて参ります。

4. おわりに: 未来へつなぐ
「福島の痛みは、私の痛み」です。廃炉は、単なる技術的なプロジェクトではありません。そこに暮らしてきた方々の思いや願いに耳を澄まし、地元の皆様と対話を重ねながら、望まれる未来の姿をともに考え、ともに歩んでいくことが何より重要です。地元の理解と信頼なくして、真の復興も、持続的な廃炉も、科学技術の深化を社会に還元することもできません。だからこそ、想像力と敬意を持って社会と対話することが、技術と同じくらい重要なのです。福島第一原子力発電所の廃炉は、これからも長い年月を要します。その道のりにおいて、地元との対話、誠実な情報発信、また国際協力は、ますます重要になっていくでしょう。

「福島を忘れない」という誓いを、確かな「結果」へと変えていく。私は規制委員会委員長として、いち科学者として、この先の未来にわたっても、皆様と共に歩み続けることをお約束します。

本ワークショップの議論が福島の経験を未来へつなぎ世界の原子力安全の向上に寄与する実りあるものとなることを心より期待し、私の挨拶といたします。誠にありがとうございました。
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